2013年4月23日火曜日

六か所の活断層問題と津波(岩手県で38.2mという最大波高)の竹野内の2008年メモ書き

2008年、番組の企画を作るか(福島の事故前にNHKやTV制作会社の方に打診するも実現せず。。。涙)、記事を書こうとして、書き出したメモ書き。

ああ、私の企画書をNHKやTV制作会社が真面目に見ていたら、東日本大震災の被害だって少しは軽減されていたかもしれないのです。。。

まずはこちらを


六ヶ所敷地内に走る2本の断層の恐怖。f-1断層は最大落差140m、f-2断層は最大落差330mと推定されると書いてあるのですが、この落差とは何のことなのだろう。。。これは再処理施設建設申請の準備書面からです。(つまり推進側の文書より)


それと断面図。ごめんなさい!なぜか縦になってしまう。。。

重要事項と重要人物記載あり


六ヶ所に関する地震・地盤問題

 

 

活断層について 

 

 

1.       上記断層のピットを見ると、最近の地質年代における活動性が見られる。構造としては、近くに対して圧縮力が働いたために上盤が下盤に対して相対的にずり上がって形成された逆断層のように見られる。(これに対し、北村名誉教授は、急傾斜崩壊―がけ崩れ後として片付けようとしている。)

2.       (こちら図で説明して欲しいです。)f-1断層から出ている「ひげ」に対し、当時の衣笠通産相地質調査所技官は、活断層といわれないように、地形に沿ったクリープ性のものとか注意書きをする必要ありという入れ知恵。しかし、ひげを一種の活褶曲と考えれば、その真下のf-1断層が活断層である可能性は極めて大きい。

3.       青森県東方沖に海岸にほぼ平行して南北方向に総延長100km内外、崖高200メートル以上の大断層がある。全面的に再活動した場合、M=8の巨大地震を引き起こす。ところが、(財)地震予知総合研究振興会および日本原子力船研究開発事業団がこの活断層を抹殺。さらに、原燃産業も、濃縮工場申請書でこの大断層を「海域―2の断層」と呼んだものの、活断層である可能性は小さいとし、上記衣笠技官がそれを追認した。衣笠議事録によれば、「JNFIのウラン審査でJNFIから海の活断層の資料を見て欲しいといわれたが、指針上そこまでの評価は求めていないので見ないことにした」という驚くべき記録。

ところが、この無視されている大断層に関しては、1667年から1854年までの間にM=6クラスの地震が5回起こっており、また六ヶ所村東方の太平洋海底は1978年の「青森県東岸の地震」(2回のM=5.8の地震)の主震の震央となり、さらに余震の震央は海底から陸地にまたがっており、核燃サイクル基地の近傍にも震央が分布していたという事実により、その地下には正真正銘の活断層が存在する事が明らかである。

4.       海域―2の断層の死活を巡っては、「朝まで生テレビ」の中で、当時原燃サービス取締役調査部長をしていた鈴木雄太氏と地質学者、生越忠氏の間で、論争が展開され、最終的に1978年5月16日の地震は海域―2の断層が逆断層運動を引き起こしたことによって発生したものであることを是認している。

5.       上記「朝まで生テレビ」において、内部資料、「裁判で反原発側に指摘されたら弱い・・・」というような内容の書かれてあった衣笠メモを、生越氏が公開。その後視聴者から問い合わせが殺到したという。好評を博した朝生の原発論争であったが、それ以降は推進側からの拒否(具体的に誰(会社)が拒否し、それを聞いたTV関係者は誰か?)で2度と行なわれていない。

 

過去の地震と震度階、加速度、速度について

 

1.       「新編日本被害地震総覧」(宇佐美龍夫氏)に基づいて、青森県太平洋沿岸地方に何らかの影響を与えたと考えられる地震を生越氏が拾ってみたところ、106に達していたにもかかわらず、原燃産業によってリストからはずされた地震がある。例えば1677年の「陸中の地震」は、青森県頭部地方にとって戦後最悪とされる1968年十勝沖地震に似た地震のひとつとされていて絶対欠かせないものである。

2.       また、リストからはずさないまでも震度階を気象庁のものよりなぜか低くしているものがある。上記、十勝沖地震、「日高、・・・の地震」の六ヶ所村における震度階は5としてあるのにもかかわらず、4としてある。

3.       上記宇佐美氏の旧編(1979)と新編(1987)において更新された事象が、申請書に反映されていない。1977年の陸中の地震では旧編では震央距離が250km、新編では80kmに短縮されたが、申請書の表3-3にも安全審査書にも組み入れられていない。

4.       震央距離よりも断層距離によって震度階は大きく支配されるが、その考慮がない。また、同じく震度階には震源深さ及び敷地の地盤の性質が大きな影響をもたらすが、その辺りの考慮が全くない。(理論そのものは岐阜大学村松郁栄教授から。(具体的な文献は?また2008年現在、既に定説となっているのか?)事業者らはいまだM-Δ図を使っている。M-Δ図が使い物にならないのは、1968年の十勝沖地震および1994年の三陸はるか置き地震の緒元を比較すると震度階が実測値とM-Δ図とで合わないことからも明らかである。

5.       1994年12月28日の三陸はるか沖地震(M=7.5)に際して、震央距離が186.5Kmの八戸で震度階6が観測されたり、1997年5月13日の鹿児島県北西部の地震(M=6.2)に際して、震央距離が18.5Kmの宮之城町において902ガルというきわめて大きな加速度が観測されたことなどから、村松式では捉えきれない距離の割には大きな加速度、また大きな震度が中規模地震の際でも六ヶ所村で起こりえる。

6.       ①1993年1月15日釧路沖地震(M=7.8 h=101km)、②同年7月12日の北海道南西沖地震(M=7.8、h=35km)、③94年10月4日の北海道東方沖地震(M=8.1、h=23km、④同年12月28日の三陸はるか沖地震は、①および③は太平洋部レート内部が避けて起こった海洋プレートない巨大地震、②は北米プレートとユーラシアプレートとの協会で起こったプレート境界型巨大地震、④は太平洋プレートと北米プレートとの境で起こったプレート境界型大地震であったが、大谷証人はこれら海洋プレート内地震について了知していなかったまた、事業者らは、敷地内の震度階は5を想定すれば十分としているが、①と③では釧路で初の震度階6が観測され、④では八戸で初の震度階6が観測されている。

7.       さらに大谷証人は、1896年6月15日の明治三陸地震が津波規模からM=8.5とされていることから、日本近海で発生するプレート境界地震としては、M=8.5までは最低考えるべきであるとしており本件施設の敷地付近の真下でM=8.0を超えるような海洋プレート内地震が発生する可能性についても、「概念的には否定できないと思います」と証言している。この証言をそのまま引用すれば(どこにこの証言がありますか?)、敷地での影響度は震度階7までの可能性を考えるのが妥当であるが、5までとしている。ただし、大谷証人は「過去に現実に6以上の地震が起こったこともあり得るかもしれない」(どこにこの証言ありますか?)と述べている。(二次設計としては震度6や7も想定しているのでしょうか?

8.       金井式―大崎の手法に基づく敷地基盤の最大速度振幅の計算値の大小と実際の被害の大小は相関性を持たない。

9.       松田式の信頼性もなし

10.    三次元の地震動に対し、地震動における加速度や速度を三方向の合成で計算しないのはおかしい。なぜ、南北東西なのか?

11.     

 

地盤について(「核燃施設を大地震が襲う時」61ページ以降より)

 

1.       鷹架層の構成岩石が軟岩に属することは国も是認している(どこにある?)のであるが、科技庁防災総合研究部長の大谷圭一証人は「非常に硬い」と証言。上面の風化部を除くとN値が50以上であることをその根拠としているが、N値が50以上でも岩質が硬いとは言い切れず、土質・基礎工学の専門家にもN値の効用を過信してはならないという警告する向きがある。

2.       再処理施設の敷地内では明瞭なすべり面が認められる場所がある事が明らかになっているが、同証人は審査の段階ではわからなかったと述べている。

 

固有周期について

 

1.       地震動は震源から地盤に伝わり、建物・構造物に伝わって最後に設備・機器に伝わることになるが、ここで最も重要なことは、これらがたがいに共振現象を引き起こさないようになっているのかどうかということである。この問題を究明するためには、それぞれの固有周期を明らかにする事が必要不可欠になる。しかし大谷証人は、第一次審査では固有周期についてはきっちり検討対象にしたことはないと証言した。(この証言はどこにありますか?)

2.       同証人はウラン濃縮建屋の固有周期を尋問され、「恐らくコンマ2秒か3秒」と証言したが、本件施設の鷹架層の固有周期については全く証言していない。地盤と建物の固有周期の関係で場所によって被害率が全く異なる現象は、1923年の関東大震災ですでに実証されていることである。本件施設の支持基盤である鷹架層は、地質工学的には軟岩に属するとはいえ、土ではなく、岩であるから、その固有周期はかなり短いものとなるはずであり、その場合、固有周期の短い壕構造の本件施設との共振現象が心配される。しかし、本件施設の申請においては、このことにはまったく言及がない。ちなみに1981年7月の建築基準法施工例の改正(入手すること)に伴う地盤の分類では、固有周期が重要な分類基準のひとつになっている。(固有周期の件に関して、新たな情報は得ましたか?)

 

 

津波について

 

本件施設は、標高30m内陸3kmに位置しているが、本件申請書及び一部補正に津波の記事は全く見られない。1896年の明治三陸地震では岩手県三陸町綾里において、38.2mという最大波高が記録されている。また、1856年の「日高、胆振、渡島、津軽、南部」の地震では津波のため馬渕川は上流11kmの櫛引まで逆流した。標高30m内陸3kmという立地点において、津波を考慮に入れず、何も検討していないと言うのはおかしい。

 

 

 

 

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